春にして君を離れ

もしかしたらあなたを変える一冊かもしれない度  ★★★★★
傑作度               ★★★★☆
人と年齢を選ぶかもしれない作品度        ★★☆☆☆
探偵らしさ                   ☆☆☆☆☆
無人島に持って行きたい度            ★★☆☆☆ 

ネタバレなしの紹介
これは覚悟して読まなければなりません。なぜなら、読み終わった後にあなたを変えるかもしれないからです。
もしくは、全く響かないかもしれない。
なぜなら、そういう私が最初にこの小説を読んだときは”なんて退屈な話だろう”と思ったのです。読んだのは小学校のころでしたから無理もないかもしれません。アガサクリスティーの推理小説にハマりだしたころで、ポアロやマープルなどと同じ推理小説と疑わずに読んで、探偵も殺人も出てこないのですから一旦『?』となった作品です。
あらすじは、ありふれた主婦が主人公の物語。優しい夫、子どもにも恵まれて幸せに暮らすジョーンの人生のある一角を描いています。結婚した娘の病気を知りバクダッドに看病に出かけたジョーンはその帰りに古い友人と出会い、さらに宿泊所に留まることによって何かが彼女に起こるのです。
女として、母として光り輝く昼間にいたと思っていたのに気がつけば闇が迫っているかのようなぞわっとする感覚。
最後まで読まなくては彼女の真実にはたどり着けません。

これがサスペンスだと気づくには時間がかかりました。小学生の自分には気づけなかったのです。
再度私が読んだときは、いい大人になってからでしたが、その”意味”に気づいたとき、この小説の価値が一気に代わりました。その時の衝撃は面白いほどでした。


ネタバレギリギリの内容
私にとってこの本の中で印象的なのは夕暮れの”二人”のシーンでした。ここの描写は、素晴らしいです。こんな文章を書きたいと、ある意味憧れにしている文章のひとつです。
後は、思い出の中の恩師たちが思い出されて、ジョーンをゆさぶるところも巧妙です。すべては最初に出てくる旧友との再会がそうさせるという無理のない流れです。それまでは本当に何ごとも順調な幸せなジョーン。そして、バクダッドの宿泊所で起こった唐突な出来事がすべてを変えます。しかし、それだけでは終わりません。
最後に列車の中で出会う女性が自分には不気味なのです。一見、ただの通りすがりの乗客にしか過ぎない人物のように描かれていますし、ある決意をもったジョーンの救いのようにも思いますが、果たして救いだったのでしょうか?はたしてなんのためにアガサはこの女性に会わせたのだろう、もし出会わなければ、、、ジョーンの運命も大きく変わったかもしれないのです。それくらい最後に出会う女性の存在が私には異質に思います。
最後まで読んで、ようやく主人公のジョーンが、やはり誰よりも幸せな女性、でもそうではない側面があると言うことを読んだ自分自身が感じずにいられないのです。
そして、この小説は歴史的に世界が暗い争いの影に覆われてくような描写もあります。そこも西暦2022年の夏に通じる一冊だと思います。

招かれざる客(戯曲)

アガサクリスティーのミステリー戯曲のひとつです。題名が秀逸です!
ポアロやマープルのような有名な登場人物は出てこない戯曲ですが、最初からミステリアスに登場する主人公がばっちり読者をつかみます。
そして、主人公は美人ですが、男運が悪い!と、思ってしまうような展開に、そういう方向で読んでも、違った印象の作品になるかもなと思います。

戯曲としての面白さ   ★★★★★
ドラマティック度    ★★★★★
どんでん返し度     ★★★★★
この人妻を演じてみたい度★★★★★
無人島に持って行きたい度★★★☆☆

ネタバレなしの紹介
この作品は戯曲、つまり舞台で上演されるのを前提とした作品です。戯曲とは台本のような、つまりはシナリオなので、本を開くと、しょっぱなから舞台の配置図の記載があってそこから読み始めるようになってます。そこで読み慣れてない人は『ん?』と思うでしょう。大丈夫、十分面白く読めます!長編ほどには時間がかからずサクッと読めますし舞台としてどんな風に俳優が動くのかなとか、思ったりしながら読むのもありです。戯曲としては『ブラックコーヒー』というポアロの主人公のものがアガサの初めて書いた戯曲になりますが、この『招かれざる客』は、有名な登場人物はいない作品です。つまりポアロなどの有名な探偵は出てきませんがすでにヒットを何本も飛ばしているアガサの腕は確かで、登場人物が無名であっても面白さへの期待は十分なのです。よくできた題であって、誰が誰にとって招かれざる客なのか?読む前から想像力に火がつきそうな題名です。そもそも、アガサは題名の付け方が抜群にうまいのであります。印象的な題としては『そして誰もいなくなった』『ABC殺人事件』『春にして君を離れ』などがあると思いますが、この”招かれざる客”も優れた題名だと思います。


あらすじ
車の故障で困ってる男が、屋敷に助けを求めてくるところから始まります。すると、なんとその屋敷の中には男の死体があり、その同じ部屋にいる美しい女性が『私が殺しました』と言い放つという、ドラマチックな始まりです。そしてこの女性は死んでいる男の妻なのですが、なぜか偶然訪ねてきたこの男が、話を聞くうちに殺した女性に同情できる点があるとして、彼女をかばおうとする話です。

ネタバレ少しあり
この作品の面白さは、観客をいかにロマンチックにだますか、ということに工夫している点かなと思います。アガサの作品は大体、読者があっと驚くような仕掛けのミステリーが得意ですが、これはそれに愛憎劇が混じるのです。突然現れた見ず知らずの男マイクル・スタークウエッターがやってきて、困っている美しい妻ローラを助けようとする、その一部始終といえばそうなんですが、お互いが一目惚れなんじゃ無いの?というくらい最初から二人っきりの掛け合いシーンが続きます。大体、突然家を訪れたら人が死んでいて、傍らにたたずむ人が”私が撃ちました”とか言ったら、すぐに警察を呼ぶなり、捕まえるなりするものでしょう?しかしそうはならない、なぜなら、お互い美男美女で恋に墜ちたから!だから!と言わんばかりの冒頭の二人の掛け合いに、観客もマイクル・スタークウェッターローラへ同情的になっていくのだろうと予想されます。(いや、そもそも、妻と言ってる時点で夫が死んでるとはいえ道徳的にどうなのと思わなくも無いけど)そしていわば突然前現れたヒーローであるかのような彼のアリバイ工作、証拠隠しなどを観客は一緒に見ているので一幕終わる頃には”どうなるのだろう?犯人の女性を男は隠し通せるのだろうか”ということに引き込まれてしまいます。しかし、だんだんと彼女の嘘が暴かれていき本当に彼女が殺したのか、それすらもわからなくなってくる。なにしろ、ローラには元々不倫相手がいるのです。ほんとに人妻とはいえ、美人ってモテるのね!(と納得させるほどにローラに魅力がなきゃいけませんが)じゃローラは悪女なのか?と言われたら同情できる背景が用意されてるし、一筋縄ではいきません。真犯人は誰だ?と観客が思った頃にはまんまとアガサの罠にはまっているのです。怒濤の後半の逆転劇にうなるしかない、作品です。
あまりにロマンチックすぎるのでこの作品を読むシュチュエーションとして無人島に持って行くよりは、秋の夜などにお酒を飲みながら読みたいなと思う本です(個人的な感想です)